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【長尾施術所 代表コラム】200万例から導き出した、「身体の痛み」について
『身体の漠然とした頭、首、腰、膝の痛みは、どうして痛くなったのかわからない。』
『痛めた記憶もなく、思い当たる事がない。』
『病院で医者に検査してもらっても、悪い所が見つからない。』
『何処も悪くない。当然治療の方法がなく、くれるのは痛み止めの薬とシップ薬です。』
身体の慢性的な痛みを抱えている方々から、このような声は少なくありません。
痛み止めは一時的に痛みがなくなるけど、薬が切れるとまた痛くなる。
少しいいかなと思っていても疲れが溜り、体調が悪くなるとまた痛み出す。
これを何回となく繰り返し、薬に慣れて来て効き方も悪くなり、
慢性化して薬の量が増えてくる。
そして、重苦しい痛みが身体に居座る事になる。
薬も長くは効かない、本当に治らない状態になる。
これが生きている疲れです。
昨今では、頭、首、背中、腰、膝の痛みを克服するために、
『痛みに意識を集中すると痛みから抜け出せないから、痛みは一応置いておいて、痛みに惑わされず他の興味ある事に意識を向け、そこに集中する事で痛みの意識を緩和してゆく。』という考え方が主流となりつつある様です。
NHKの“ためしてガッテン”という番組でも取り上げられて、脳の前頭前野が精神的なコントロールをする事で克服すると報道されました。
日本全国にこの報道がなされた事で、本当にこの考え方が定着してしまいます。
この考え方で本当に正しいのでしょうか。
痛みを発する場所がはっきりわからず、漠然と首、あるいは腰などが痛いと捉えていますが、
痛みの現場がどうなっているか考えたことがあるでしょうか。
考え方の致命的な欠点は、痛みの現場、即ち患部そのものが分からない。
現在の医療は、医療検査機器を駆使して身体の内部を科学的に捉え様としています。
一面では正しい考え方かもしれませんが、人間の身体は器械では捉えられない事が多々あります。
先日、テレビでピアノを作る工程を見ましたが、大がかりな機械を駆使していろんなパーツを作る中、
微妙な所、感覚部分は人の手によって作業しなければならないと工場の方が話していました。即ち、科学万能ではないという事です。
医療も人の身体を探る過程では、科学を併用するにしても、最後は人が携わる事で成り立っていると思います。
診ても触ってもわからない。だから医療検査機器から上がってくるデータが頼りです。
結果的に、『先生はコンピューターばかり見ていて、私の方を見てくれない。』といった声を耳にします。
先生の方からすると、患者さんを診ても何も得られない。
患者さんの全情報はコンピューターの中にあるので、患者さんのために不具合を見つけ出そうと一生懸命にコンピューターを見る。
先生と患者の認識のずれです。
以前は五感が頼りでしたが今は医療検査機器が主流です。
そして、人の五感によるチェックが消え去ろうとしています。
身体を動かす仕組みは、皮膚と骨の間にあります。
間にあるものは、軟部組織で血管や神経それと結合組織と筋肉です。
この結合組織と筋肉が、疲れと体調に大きく拘わります。
疲れる事で結合組織と筋肉は、強張り硬くなってゆきます。
皮膚面から身体を触ると内部の不具合な箇所がはっきり解り、部位と痛みが完全に一致します。
何が痛いのか。筋肉が痛い。結合組織が痛い。
筋肉が働いて疲れの限界に達すると、痛みを発するという事は知られていない事です。
身体は動かし働く事で疲れます。
誰でも分かる事で不思議な事ではありません。
身体を動かしているのは筋肉です。
筋肉は活動する事で疲れます。
身体の疲れは筋肉の疲れです。
そして身体を休めると疲れは解消します。
筋肉を休ませると元の元気な筋肉に戻ります。
これを毎日365日繰り返し生きています。
疲れは身体を休め、夜寝る事で何の労もなく回復しますが、休めてもどうしても回復しきれない疲れが微妙に残り、この残った僅かな疲れが毎日少しずつ溜っていきます。
そして、20年、30年、40年、50年・・・という長いスパンで蓄積し、筋肉が徐々に硬く固まって大きくなり、慢性的疲労となります。
結合組織は筋肉の強張りが始まってから、徐々に固まり始めます。
人生40年代で身体が硬くなったと感じるのはこのためです。
人間は一歳で立ち上がります。
立つだけで筋肉は大きな負担を強いられています。
立つ事で引力に逆らい縦長の身体をうまく操り、バランスを取り意識しない内面で活躍し、生活しています。
日常生活の動きでは筋肉は負担として感じる事は殆んどありません。
何気なく当たり前の如く身体を動かして生きております。
しかし、この当たり前が20年、30年、40年、50年・・・と続くと、微細に残った疲れが長年の負担の蓄積として出てきます。
どう出るか、筋肉が硬くなって出ます。
そして負担蓄積の限界を超えて筋肉を使うと、使う事を止めようとして痛みを出します。
制止を無視して使うと腰痛、首痛、肩痛という現象に繋がります。筋肉の慢性的痛みです。
しかし、感覚は筋肉が痛いと思わず、漠然と首、肩、腰が痛いと思います。
内部の様子から解説しますと、立ってバランスを取るという事は、背骨を支えにして立ちますが、
背骨は身体の背中側にあります。
背骨は、椎骨というブロックを、一つ一つ立て状につなぎ積み重ねた状態で、
1本の棒ではありません。少しぐらつく支柱です。
ぐらつく支柱を支えて身体は立っています。
活動の最初はぐらつく支柱の姿勢を決めて保持する事です。
筋肉の見えない動きが身体を支えています。
そして、身体を使い物事をする活動の殆んどが前かがみ、頭を前側に倒し身体は必ず前傾姿勢になります。
その態勢を保つには背中側の筋肉が上体を引き起こす様な働きをします。
前側には内臓があり、立つだけで前側荷重となっています。
身体を前に倒すという事は、より前側荷重となり、それを支えるため背中側の筋肉が背骨を通して引っ張り上げる事で、前に倒れない様に支えているからです。
勿論、大腿、下腿、足もバランスを取るため働きます。
この様に内部が意識せず働きます。動きは全部筋肉の働きです。
立つ事でのバランスシステムと呼んでいいでしょう。
50年、60年、70年、80年と立つために背中側の筋肉は、生きている間は働き詰めです。
その結果、背面の筋肉はくたくたになり、自力では回復できないほど弱ってしまいます。
身体の不調はこうして起きてきます。
道具はすぐに使える様に、手入れを怠ってはいけません。
人間の身体も手入れをしなければ、良好な健康体ではいられません。
今現在は、“身体の手入れをする”という考え方がありません。
人生後半で自由に動く事が出来なくなり人手を煩わせ、その内に寝たきりで動けなくなり、辛い思いをしながら人生の締めくくりを何もできず、悶々として死を迎える事になります。
人間は、いろいろな人たちの手を煩わせお世話になって、生かされております。
ですから、自分ができる事は人手を煩わせずに自分でする。
より以上人に迷惑をかけないで人生を生きたいものです。
すでに症状が慢性化している方や、整形外科、整体、接骨院・整骨院に既にかよっているが改善しない方は、お気軽にご相談ください。